わたしは十分に親孝行したので、もう好き勝手自由に生きて良しとする

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ぼーーーっと歩きながら思ったこと。
「地元にいた頃の人生ってなんだったんだろう」、と。

母の機嫌を伺い、母の望むように動き・生きて。
周りの人に合わせて。
何なら学校でも先生と同級生の機嫌を伺って。
自分の好きなことも全部全部抑圧して。
我慢ばかりで何も報われることがなかったあの頃。

ただただ辛い毎日。
色のない、真っ黒の世界。

あの時代は、”早めの親孝行”だったんだと決定づけます。

*

親の望むいい子を演じ続けました。
親が誇れる娘であれるよう頑張ってました。
やりたいことも、好きなことも封じ込めて、
親の前ではださないようにして。
言うことを聞いているようにして。

それって多分、「親に笑顔でいてほしい」っていう
子供の純粋な願いだったはずです。

子供ってそんな深く考えないし、純粋な存在だしね。

だとしたら、あれだけの理不尽に耐えてたのは、
”早めの親孝行”だったんだと思います。
やってたことはだいぶ歪んでいますが(笑)

あの生活を乗り越えた原動力は
母親への愛でしょう。
憎い気持ちも、嫌いな気持ちもあるけれど、
根本を支えていたのは”愛”だったと思います。

だって子供って親が大好きですから。

*

人間の根本にあるのは”愛”。
いきなりなにスピってんだって思うけど、
そういうもんなんです。
大元からやってきた地球にやってきた私達は、
大きなラブが溢れているし、
存在も祝福されているもんなんです。
これはいろいろ本を読んだり、
ブログを読んだりして
自分なりに納得したこと。

だとしたら、純粋な気持ちで
母を喜ばせようと頑張ってたんでしょう。
理不尽にも耐え、母の望む基準に自分を持っていき、
母が望む娘であり続けた。

こんなに頑張ったんなら、
十分な”親孝行”と言えるでしょう。

イヤ言っていい。

だからもう過去を悔やむ必要もない。
恨む必要もない。
恥ずかしく思う必要もない。
あの頃の記憶を掘り返して
傷つく必要もない。

むしろ頑張って生き抜いた証拠として
胸を張っていいでしょう。

わたしはよく頑張りました。

だから、ここから先は
自分の気持ちを優先して、
好きなことを好きなようにやっていこう。

他人と比べず、自分と向き合って、ね。

では、今日はこの辺で。
ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv)
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