自分の首を締めているのは
自分が設定しているルールのせい。
最近それを強く強く感じています。
だからそのルールをぶっ壊しまくってる。
確かにこのルールを設定するきっかけになったのは
親のせいかもしれない。
幼少期に過ごしていた環境のせいかも知れない。
他人や周りのせいかも知れない。
いつまでも被害者の立場でいることもできるかもしれない。
だけどこのルールを採用しているのは
紛れもなく自分。私自身そのものなのだ。
無意識にこのルールを採用しているとしても、
責任は自分にある。
だからこそ、気がついたときに
その都度その都度、
自分の中にある設定(ルール)を
ぶち壊していくんだ!
*
今ぶち当たっている設定(ルール)。
それは・・
「自分は醜い」
「自分は最低」
「自分にはできない」
「自分はお金を手に入れることができない」
「自分はいつも収入ギリギリの生活しかできない」
「自分は痩せることもできない」
「自分は健康になることもできない」
こんな自分を卑下するような、
雑に扱うような設定だ。
この設定ってさ、
自分の中だけで適用されているわけで。
会社の人とかはこう思っているわけではないのよ。
他人は自分が思っているほど
わたしのこと卑下したりしていないんです。
していたのは本当に親だけだった。
親元から離れて独り北海道に来た私は
世界の広さと自分が見てきた世界の狭さを思い知った。
わたしの可能性や能力を封じ込めていたのは
”親”だったんです。
北海道で出会った人たちは
わたしとフラットに関わってくれました。
(もちろん一部毒親と同じような接し方をする人もいたけど)
卑下されることもないし、我慢を強制されることもない。
素の自分でいられることが新鮮で
いっぱいいっぱい戸惑った。
どうすればいいか焦った。悩んだ。手探りだった。
未だに親の呪縛に囚われて
もういない親の影に縛られそうになる。
そうして昔の自分に戻ったようになってしまう。
親に植え付けられたルールに従って
窮屈な生活へ自分を押しやってしまう。
でも、でも、視点を考えてみて。
本当に自分は幸せになってはいけないの?
それって単に親に言われてからじゃないの?
どうして親の言われたとおりにしなきゃいけないの?
別に収入ギリギリの生活しなくてもいいじゃない?
周りからよく「あなたを見てると元気が出る」って言われるじゃん?
それを素直に受け取っていいんじゃない?
健康でいていいし、幸せになっていいんだよ。
もう親の言う事、呪いから解放されていいんだ。
さあ、その抱えているふる~~~い設定(ルール)を
手放していこう!
*
自分らしく生きたい。
なんでも楽しんで、
なんでもゲームのように攻略して。
気が済むまで推しを推して。
たまに本を読んで。たまに絵を描いて。
自分の”好き”や”気になる”を追求して生きていきたい。
わたしはわたしの好きなように生きていい。
自分が今どんな状況でも
わたしの価値は下がらない。
急に殺されることもない。
だからもっと自信を持って
胸を張って生きていい。
大丈夫。すべてうまくいく。
そんなに不安にならなくても
うまくいくから大丈夫。
もっと自分を信じていこう。
過度な不安じゃなくて、
”安心と自信”で動いてみよう。
わたし、まだまだ変化していきます。
では今日はこの辺で。
ありがとうございました!
written by マイ(@iamxxxgv)
※SNSもフォローお願いします!

関連記事!