母からの”施し”には必ずと言っていいほど”痛み”が伴っていた話【気づき】

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なぜ気付きは朝から降りてくるのか。
しかも出勤前に、ね(笑)


とりあえずX(旧Twitter)で
ぶわーーーーーーっと書きました。

ブログではもっと深堀りしてみたい。
それが自分にどんな影響を与えてきたか、
”痛み”の設定がなければどれだけラクに生きられるか。

*


「痛い」→「我慢しなさい!」
これが私の設定。
痛いものは何をしても我慢しなきゃいけない。
しかも「痛い」っていうこともNG。
平気な顔をしてじっとしていることが必要。

これだけでもなかなかハードな設定。
鬼かよw

泣いてもいけない、
とにかくぐっと我慢しないといけない。

こういうことが続いたら
親に何かされる時・施しを受ける時は、
”必ず痛みを伴う”と脳が判断するんです。


そして人間関係の基本は”親子関係”。
私は周りの同級生や先生たち、地域の人達にも、
”誰かになにかされる時は痛みを伴う”って
思ってしまったんです。


同級生と遊ぶときも、
先生に何か質問する時も、
近くのコンビニで買い物するときも、
何かしら人と関わる時、
”痛み”が発生すると思い込んでいます。

我慢出来ないほどの痛みが生まれると思って、
”何をするのも怖い”って常に緊張してしまうんです・・。

それはまさに今も続いています。

未だに人と関わるのは怖いし、
気を張っているから一人になった途端どっと疲れる。
人と関わるときのシミュレーションをして
”痛み”が発生しないように何度も考えてしまう。

本当にこの”痛み”の設定がなければ、
もうちょいラクに生きられそうな気がする・・。

*

もし人と関わる時に”痛み”がないとしたら?
母親のように奴隷のように扱わず、
お互い対等な関係で尊敬しあって関われたら?


こんなに気を張っている必要はないよね。
一人の時に人と関わるときのシミュレーション、
やりまくる必要ないよね。
常に緊張する必要ないよね。


怖がる必要も、きっとない。
生きるのが怖いって思うことも、
そんなにないだろうなぁ・・。

人と関わる=痛みがある

じゃなくて、

人と関わる=新たな気づきがある

にしてみようか?
そのほうが興味が湧いて、
人と関わることにチャレンジするかもな。

新しい見方や気付き、知見がある方が、
興味あるもんねぇ・・(笑)


設定を変えたし、あとは実践してみる。
頑張ってみよう。
日々工夫、トライ・アンド・エラー。
凝り固まった設定を変えて、
もっと楽しくラクに生きる。

では今日はこの辺で。
ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv)
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