母からの”施し”には必ずと言っていいほど”痛み”が伴っていた話【気づき】

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なぜ気付きは朝から降りてくるのか。
しかも出勤前に、ね(笑)


とりあえずX(旧Twitter)で
ぶわーーーーーーっと書きました。

ブログではもっと深堀りしてみたい。
それが自分にどんな影響を与えてきたか、
”痛み”の設定がなければどれだけラクに生きられるか。




「痛い」→「我慢しなさい!」
これが私の設定。
痛いものは何をしても我慢しなきゃいけない。
しかも「痛い」っていうこともNG。
平気な顔をしてじっとしていることが必要。

これだけでもなかなかハードな設定。
鬼かよw

泣いてもいけない、
とにかくぐっと我慢しないといけない。

こういうことが続いたら
親に何かされる時・施しを受ける時は、
”必ず痛みを伴う”と脳が判断するんです。


そして人間関係の基本は”親子関係”。
私は周りの同級生や先生たち、地域の人達にも、
”誰かになにかされる時は痛みを伴う”って
思ってしまったんです。


同級生と遊ぶときも、
先生に何か質問する時も、
近くのコンビニで買い物するときも、
何かしら人と関わる時、
”痛み”が発生すると思い込んでいます。

我慢出来ないほどの痛みが生まれると思って、
”何をするのも怖い”って常に緊張してしまうんです・・。

それはまさに今も続いています。

未だに人と関わるのは怖いし、
気を張っているから一人になった途端どっと疲れる。
人と関わるときのシミュレーションをして
”痛み”が発生しないように何度も考えてしまう。

本当にこの”痛み”の設定がなければ、
もうちょいラクに生きられそうな気がする・・。



もし人と関わる時に”痛み”がないとしたら?
母親のように奴隷のように扱わず、
お互い対等な関係で尊敬しあって関われたら?


こんなに気を張っている必要はないよね。
一人の時に人と関わるときのシミュレーション、
やりまくる必要ないよね。
常に緊張する必要ないよね。


怖がる必要も、きっとない。
生きるのが怖いって思うことも、
そんなにないだろうなぁ・・。

人と関わる=痛みがある

じゃなくて、

人と関わる=新たな気づきがある

にしてみようか?
そのほうが興味が湧いて、
人と関わることにチャレンジするかもな。

新しい見方や気付き、知見がある方が、
興味あるもんねぇ・・(笑)


設定を変えたし、あとは実践してみる。
頑張ってみよう。
日々工夫、トライ・アンド・エラー。
凝り固まった設定を変えて、
もっと楽しくラクに生きる。

では今日はこの辺で。
ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv
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