ふと思い出したので
書き残しておこうと思います。
マイが国語を嫌いになった理由です。
◇
◇
あれは小学校4年生くらいの時。
国語のテストがあって、
物語を読んでさ、
「その時の主人公の気持ちを書きなさい」、
っていう問題だったのよ。
で、わたしはわたしなりに
登場人物になりきって、
その状況の気持ちを書いたんだけど、
「全然違います」って結果が返ってきた。
もちろんその部分の点数は「0」。
テストを実施して、
テスト返却するときに、
間違いが多かったところをピックアップして
先生が解説してくれるじゃないですか。
わたし、その解説を聞いても
全然納得ができなくて(笑)
個別で先生に質問したんですよ。
◇
◇
「先生、わたしはこう思います。どうしてテストの回答通りに答えないといけないんですか?」
「いいや、あなたの回答は全く違うね。
それは求めている回答ではないから、おまけで半分の点なんかも与えられないよ。
もっと自分の考えではなく、みんなの考え方を学んで回答してね」
「・・・・はぁ・・」
◇
◇
学校だから仕方ないとは思う。
だけどわたしの感じ方を真っ向から否定してきたのだ。
その上で「考え方を変えろ」と。
この時わたしは、
「この世界には自分をそのまま受け止めてくれる人はいない」と
確信しました。
親も私を否定するし、学校までもそうなった。
この世界は敵だらけだ、と。
—
もう自分の素の考えを出してはいけない、
ありのままの自分でいてはいけない。
怒られるだけ、責められるだけ。
周りに合わせられない自分は価値がない。
もう、ありのままの自分ではなく、
人に合わせて、人の考えを先読みして、
隠れるように生きよう・・・。
—
小学校4年生の子どもが、
子どもなりに考えた結果がこれ。
なかなか悲痛、今思い返すと悲痛です。
それ以来、親はもちろんだったけど、
学校の先生も同級生も、
誰も信じなくなった。
「全員敵だ」と思ってました。
国語もそのテスト以来、嫌いになりました。
自分の感動が言えない教科になったし、
常に「どんな回答が正解か」と
一つの問題に対して3-4個回答を準備して、
最適なものを書かないといけないから。
その分答えがたった一つの
英語や数学、理科は好きでしたね(笑)
◇
◇
今の学校教育は
子どもそれぞれの考え方を尊重する教育に
変わってきているだろうか?
当時の教育方針や世間の流れもあるけど、
マジでしんどかったね。。
自分の考え方はおかしいから、
周りに合わせろっていうんだもん・・。
親は毒親で過干渉と無関心のダブルコンボ決めるし、
学校では自分の考え方を全否定されるし、
まじで「基本的人権の尊重とは?」って
何度思ったかわかりません。
テストの模範解答は違えど、
それぞれの考えを尊重できる、
そんな教育現場になっていることを望みます、
自分の考え方を抑え続けた結果、
大人になってから非常に生きづらいのでね✩
以上、国語が嫌いになった思い出でした。
本日もありがとうございました!
追記)
今思えばこの頃から
わたしの世界から色がなくなった気がする・・
白黒になった気がします。
written by マイ(@iamxxxgv)
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