20250404、37回目の誕生日に思うこと

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37歳になりました。
というよりなってしまいました。

「人様に迷惑をかけ、悪口ばかり言う年齢になる前に、さっさと死にたい」

小学生の頃からこう思っていましたが、
未だに死なないまま、のうのうと生きてます。

寒暖差による疲れと、仕事のストレスで、
異常なまでに落ち込んでいる中、
「ああやっぱり死にたいな」って
誕生日の前日に思っていました。


誕生日ってね、私の中では嫌な記憶に紐づいているんです。(n回目)
今でも忘れられない。
誕生日プレゼントにお願いしたポケモンのピカチュウバージョン。
近所のトイザらスに受け取りに行った時の、
母親の汚いものをみるような目。
わたしが念願のピカ版を手にしてわくわくしているのを
あの人は汚い物をみるような目で見下してました。

あれを見た時、
「ああ、この人は私を祝う気はないんだ」って確信しました。
「ただ”母親”の役目としてやってるだけだ」。
「”この人”としては祝う気もない、ただただ私が汚いんだ」って。

母親さんは他人からの見栄と評価ばかり気にしていました。
だから”母親”としての役割は形上やろうとしていました。
だけど”一人間”としては本当に面倒だったんでしょうね。
お金がかかるし、車でトイザらスまで行かなきゃいけないし。
子どもに時間とお金をかけるのが嫌で嫌で仕方なかったんでしょう。

この最悪の誕生日以降、
まともに祝ってもらうことがなくなりました。
形上の「おめでとう」のみ。それ以外なし。

必然的に「ああ、わたし生まれてきちゃいけない存在だったんだ」と
思い込むようになりました。

この思い込みは、37歳になってしまった今も根強く残っています。




まぁこんな状況なんですけどね。
朝一で病院行って勤務先で薬もらって、
初めてのコメダ珈琲に行ったところ、
あーーーー幸せ❤」ってなりました(笑)

とんでもなくおいしいシロノワール・・
シロップとソフトクリームのマリアージュがたまらんたまらん・・
香りが最高なカフェオレ・・・
窓から差し込む太陽の光・・・
カウンター席で人の目もそんな気にならない。

この時に「ああ、わたし、幸せになっていいんか」って
気が付きました、ふとね。
勤務先で誕プレにチョコもらったんですけど、
それも心温まって・・。

たとえ親に雑に扱われようとも、
誕生日を祝ってもらえなくても、
親を助けることができなくても、
うつ病であっても、
幸せになっていいし、豊かになっていいんですわ。





思えば、世界がコロナ禍になってから、
自分で自分の行動を制限していました。

単純に自分がコロナに感染してて
誰かに移したら嫌だって気持ちがありました。
仮に自分がかかってもなんとかできるけど、
職場の人やライブに集まる同志のファンに
迷惑をかけたくないっていう気持ち。

この気持ちが異常に強すぎて、
楽しむことも禁じていました。
とにかく自分は閉じこもっていないといけない、
こんな状態なんだから楽しんではいけない、
幸せになってもいけない、豊かになってもいけない。

いろんなことを禁止して、
悲しみや恐怖、不安ばっかり
ピックアップして感じていました。


もうこんなの止めます。
何やってたんだここ5年くらいww
たくさんの幸せや豊かさを取りこぼしてきたんじゃないでしょうか。
エネルギーも強制的に抑え込んできたんでしょうね。

自分を大事にするって豪語しながら、
実際にはまだまだできていない状況です。
愚かだなぁって思う今日このごろ。

幸せになることも豊かになることも楽しんでいきたいと思います。
少なくとも、自分を掌握してある程度コントロールできるまでは。
感情を感じていられる間は。

自分で自分がわからなくなるくらいなら死にたい。
常に誰かに文句を言い続けるくらいなら死にたい。
感情を感じられなくなるくらいなら死にたい。
この部分は変わらない、けどね。




ということで。
もうしばらくは生きていきます。
テキトーにほどほどに。
変えられないものは手放して、
過去の執着も手放して。
楽しんで幸せになって豊かになっていきたいと思います。

だって、親に祝われなくとも、望まれて生まれてきてなくても、
幸せになっていいんだからね。


では、今日はこのへんで。
ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv
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