家族がバラバラにならないように努力して、結果諦めて、自分ひとりの世界を求めた話【私は無価値なんかじゃない】

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昨夜、急に自分対談が始まり、
過去を遡りました。
両親が離婚して、母親に引き取られたあたりのことを。




わたし、家族を守りたかったんです。
父親と母親とわたしと妹。
この4人家族を。


確かに父親はほとんど家にいないし、
母親も家にいるだけで
わたしを保育園に行かせることもなかった。
ほぼ軟禁状態だったし、
決して家庭環境はよくなかったけど・・。



それでも当時7-8歳の子どもにしてみたら
家族って世界のすべてなわけで。
その世界が崩れていくのがどうしても怖かった。




何より両親が離婚することを
わたしに説明してくれなかった。
これも悪かったと思う。
「どうしてパパは来ないんだろう?」って。
(なんなら母親は「後で父親も来る」って
その場しのぎの嘘をついてましたがね)



だから、父親と食事に行くときは
めっちゃくちゃ盛り上げたし、
疲れてても楽しそうにしてた。
いつかまた4人で暮らせると思って。



逆に母親が不倫相手を家に連れ込んだときは
相手に近づこうともしなかった。
ずっと睨んでた。
「汚い手で妹にさわるな」とも思ってました。



・・・・健気すぎないか。
まだ小学校に入ったばっかりの子どもがさ。
母親と父親の仲を元に戻そうと頑張ってたのよ。



結局わたしは小学校3-4年生くらいで
「パパとママはもう戻らない」と
諦めました。




諦めて・・・
「早く大人になって一人暮らししたい」って
思うようになったんです。




もう家族を求めるのは無理だ。
母親に”母親”という役割を求めるのも無理。
父親に”父親”という役割を求めるのも不毛。
不倫相手を追い出すこともできない。



だったらせめて、自分の世界を守ろうって。



心理学的に言ったら、
強制的な自立だろうし、
だけどココロは親に依存しているような。
自立系武闘派女子の誕生なんでしょうけど。



このことが、数年後の大学進学を決意させて、
北海道に移住する原動力になったわけです。

親から物理的に離れることができた。
大きな転機にもなった。



そして親も・・・
散々私に対して罪悪感まみれだったのでしょう。
なんとかお金を工面して、
北海道に出してくれました。
一人暮らしの家もまぁまぁ立地いいからね。
北海道への移住を認めることで
少しは罪滅ぼしになったって
思ったんじゃないでしょうか?しらんけど。








確かに地獄だった。
環境的には最悪だった。
私自身も考え方が最悪だった。
親への反抗心でお財布からお金盗って
友達みたいな人とカラオケに行ったりした。
親は気づいただろうがその点は怒らなかった。
きっと「こんな親だから仕方ない」くらいに
思っていたのかもしれない。
お互いもっと”人間として”尊重して
話し合えてたら変わってたかもしれない。



いろんなことがあって
本当に最悪な幼少期だけど、
すべて”今”につながっているわけで。
”北海道へ移住する”の原動力にはなっているんです。



そう思ったら「悪くないなぁ」って。
確かに家族は守れなかったけど、
親に対して悪さもしたし、
色んな人に迷惑かけたけど、
しっかり自分のためにパワーを使ってるじゃん。



ぜーんぜん無価値じゃないよって。
ふと思ったんです。朝の筋トレ中に。

頑張ったじゃんって。
いろんな運や努力や諦めが繋がって
”今”を作ってる。
今サイコーな北海道ライフを楽しんでいる。



過去を否定する必要はない。
家族を守れなかったことに
罪悪感と無価値感を覚える必要はない。
むしろよく頑張ったよ。
あのときのベストな判断を常にしてたんだよ、わたしは。



これからもっと自分軸を取り戻して、
ラク~に生きていこう。



早くに目が覚めて、
1時間ぐらい筋トレと有酸素運動をやった朝でした。



では今日はこのへんで。
ありがとうございました!


written by マイ(@iamxxxgv
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