休日に出勤。振替で休みもらえるけど。
人数が少ないからいろいろやらなきゃいけなくて、
普段以上にあっちゃこっちゃ動き回ってた。
その時にふと思った。
わたしは徹底的に自信がない。
自分の存在に自信がない。
世界に嫌われているとすら思っている。
こんなに低い自己肯定感は
毒親の元で育ったことがきっかけだ。
そして自信がない自分が嫌いだ。
なんなら周りの人間も嫌っていると思っている。
だけど、だけど、だけど・・・
周りの人をみると
失敗をしても、失言をしても、
なにか小言を言われても、
”自分”と”自信”を持って生きている。
それは自信をもともと持っているからだ。
”自分”であることを受け入れてもらい、
ありのままでいることを認めてもらっている経験があるからだ。
*
子供の頃から、幼少期から、
なんなら乳幼児の頃から、
自分の存在を受け止めてもらっていたら、
自分の存在を認めてもらっていたら、
”自分は大丈夫”という感覚が持てる。
自然と育まれていく。
自然と”自信”がついてくる。
”自分”であることを安心安全な場所で認めてもらっているから。
これは人間にとってとても大事なことだ。
もしこの経験がないと、
自分に自信が持てない。
”自分”という存在を否定的にみてしまう。
自分で勝手に”私はだめです”というレッテルを貼って
自信がない状態になっている。
ある程度できるのに、やれていることいっぱいあるのに、
他の人から尊敬されていることだって
いっぱいいっぱいあるのに。
そういう自分の手元にある素敵な能力を
見ることができず、認識できず、
自分で貼ったレッテルに沿った行動をしてしまう。
それもこれもありのままの自分を
認めてもらう経験がほぼないから。
・・・こう考えるとですよ、
”人”を育てる子育てって大変だと思うし、
自分を認めてもらう経験がない人達は
生きるのが本当に大変だと思う。
育てる側だって大変だ。
子供の手本にならなきゃだし、
仕事と家事の両立とか。
子供に道徳を教えるとか。
大変なのはわかる。
だけどだからって、
子供の行動や興味を制限することはいただけないし、
無関心で心理的ネグレクトするのも大問題だし、
過干渉にあれやれこれやれするのも許されるわけがない。
認めてもらう経験がなかった人も十分に大変だ。
実際わたしがそうだから、
生きづらいったらないから。
でもだからといって、
人にマウントとってばっかりもいただけないし、
いつまでも”被害者面”、”被害者側にいる”のも問題だ。
乳幼児・幼少期からの経験で生きづらさが決まる。
なんとも残酷だし、親の責任も重い。
すでに生きづらさを感じている人にとっては
人生ハードゲームでしんどいと思う。
本当になんとも・・・
残酷な世界だと思う。
でも、自分の考え方を変えれば
きっと楽にイージーになれるとも思う。
*
仕方ないと思う。
わたしが自信が持てないことも、
びびりであることも、
自分を”だめだ”って思い込むことも、
”だめだ”というレッテルを貼ってしまうことも。
仕方ないんだ。
そういうふうに考えるように生活していたから。
そういう環境に置かれていたから。
そういうふうに親に言い聞かされていたから。
だからもう自分を責めない。
「なんで自信がないんだろ」って
落ち込む必要もない。
仕方なかったんだから。
むしろ何度も泣いて傷ついて、
倒れて、落ち込んで、
それでもしがみついて
なんとか生きている自分を褒めたい。
それに対して自信を持ちたい。
それがわたしの紛うことなき”実績”だ。

引き続き自分との向き合いは必要だね。
うんうん、まだまだ課題は積み重なってる笑
ほんと、飽きずに生きていけそうだ。
では今日はこのへんで。
ありがとうございました!
written by マイ(@iamxxxgv)
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