”今”に集中できないのは、これまでの”今”があまりにも怖かったからではないか【考察】

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いろいろ思うことがある。
特に最近考えていることが
”今”に集中できていないこと。

筋トレをしていても
前の日の嫌なことを思い出したり、
掃除をしながらその日に起こるであろうことを
シミュレートしたり・・。

集中できないんだよね。
常にマルチタスクで脳がフル稼働しています。


「どうしてこんなにも今に集中できないんだろう」
そんなふうに思ったので、
色々考えてみたり、思い出してみたりしました。

結果、わたしは小さい頃から”今”が怖くて
空想の世界に浸ったり、ゲームしたりしていました。

それは、”毒親(母)”が怖かったからです。

*

いつ母がヒステリーを起こすかわからない。
いつ何時呼び出されるかわからない。
母・・・あいつの前では完璧な”いい子”でいないといけない。
だからこそ常に”いい子”でいないといけない。

母の言う事をきちんときく子でいないと
家を追い出される可能性があるため、
当然ながら”恐怖”がつきまとうものでした。

常に緊張して、母の気配を伺っていました。
そうするとどうしても”母”に集中してしまいます。

でも”母”は恐怖の対象。
常に考えていたら気が狂ってしまいます。

だから、母を警戒しつつ、
空想にふけりました。

大好きなピカチュウといっしょに冒険すること。
空を飛んだり、セーラームーンみたいに変身したり。
うさぎちゃんみたいに恋をしてみたり。

空想に慣れてきたら、
母を警戒しつつゲームをしたり、
絵を描いたり、音楽を聴くこともできるようになりました。
本も読めたし、漫画も読んでた。
学校の宿題もやったりできました。

小学校高学年になる頃には
「何かをやりながら、母を警戒する」は
当たり前のようにできていました。

なんなら常にそんな状態。
”常時マルチタスク”状態の完成です。


*

子供の頃から身についた常時マルチタスクは
大人になった今でも続いています。
だから今に集中できない。
なんなら”今”が怖かったりする。
”今”=”恐怖”という方程式ができてしまっているから。

なので、部屋が無音なのが怖いんです笑
なにかしら音が流れていないと怖い。
だいたいYouTubeか音楽を流していないと
生活できないんです。

そうでもしないと”怒られる”という
恐怖に飲まれて気が狂いそうになります。

怖い・・怖い・・
無音のままでは怖い・・
死んでしまう、気が狂う・・
母さんが来てしまう・・・・!

そんな考えがぐるぐるぐるぐる・・

逆説的に捉えれば、
マルチタスク状態で好きなことをしていれば
”母への警戒”が弱まっている状態。
つまり安心できる状態ってことなんでしょうね。
母親がいきなり殴り込んでくることはない、
その可能性が一番低い状態だから。

もう癖なんだろうなぁ・・
常時マルチタスクなのが・・。

*

じゃあ解消する必要があるのかって言ったら、
ありますわな。
だって、ココロの傷がうずいているもの。

それにマルチタスクでやっちゃうと
本読めなかったりするし、
集中できなくて気が散ったり、
疲れやすくなったりします。

何より”もう感じなくていい恐怖”を
感じたくないんですよ、疲れたしね。

まだわたしは親から受けた痛みを引きずっている。
この痛みを癒やしてあげたい。
傷があるなら消毒して清潔にして
ガーゼを当てて包帯を巻きたい。
親にしてもらえなかったことをしてあげたいんです。

だから向き合います。
痛みを伴うでしょうがね・・
やります。

では今日はこのへんで。
ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv)
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