ベースが”監視”だから、ケアも完璧にやらなきゃって思いがちな話【本末転倒】

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気がついたこと。
わたしはわたしを監視している。
しかも割と強烈に。厳格に、厳し目に。

*

理由なんてもうあれですよ(笑)
幼少期の生活がきっかけ。
母親に怒られないようにするために、
わたしはわたしの行動を監視するようになったんです。


粗相はないか、ミスはないか、
本当にこの行動は正しいのか、
お母さん基準でこの発言は正しいか、
お母さんはどうすれば機嫌がよくなるか、
お手伝いにミスはないか・・・
エトセトラ、エトセトラ・・・

本当にこうやってみると・・
毒親ではありますが、”お母さん”を愛していたんでしょうね。
どうにかして笑っていてほしい、
どうにかしてご機嫌でいてほしい。
どうにかして怒鳴らないでほしいって。
どう頑張っても願った通りにはならなかったけど。
健気だねぇ・・子どもって。
※人としては、あいつはサイテーな人間だって思ってます。ええ。

すべて”お母さん”のため、
お母さんを笑顔にするために
自分の行動を監視してたんです。
それが今も続いていて、
何をやってもリラックスできないわけです。

顔に化粧水をペチペチするのだって、
体のコリをほぐすためのストレッチだって、
朝ご飯を食べるのだって、
出勤するのだって、寝ることだって。
ぜーーーーんぶ脅迫的な監視。
ちょっとでもミスするようなら
自分の中の”毒親”が怒鳴ってくる感じです。

・・もうこの監視、やめようや。

確かに自分を守るためでもある。
マニュアルに沿っているかどうかとか、
体調に変化はないかとか、
めまいが起きそうじゃないか、
低血糖になりそうじゃないか、とか。
倒れたりしないかな、とか。
そういう不安から監視してるんだけど、
あのね、度が過ぎてるのよw

監視しすぎて、不安になりすぎて、
逆に苦しいのね、逆に調子悪いの。


だからもっとフラットなものにしようと思う。
それが”観察”。

ただ自分の行動や感情を観察するだけ。
ほんとうに見ているだけ。
良い悪いのジャッジはいれず、
「ふぅ~~~~~ん」つって。

その中で何か修正したほうが良いものがあれば修正し、
問題なさそうならそのままにして。
わからないものはわからないままにして。
そんな感じに切り替える。

監視から観察へ。
切り替えていくぞ。
こっちのほうが緩むし、安心できるね。

*

ってこんなことを昨日考えてたら、
またふと気がついたことが。


わたしには覚悟が足りなかった。
すべてを感じることへの覚悟。

この地球で生きることの覚悟が。

人間だもん、得意不得意いろいろある。
失敗だってする。
悲しくなったりする、惨めだっておもう事もある。
喜んだり楽しかったりすることもある。
この感情や行動の流れには一定の波があるんでしょう。
地球が2極の世界だから。


だからいいんです。
悲しくなろうが、うつになろうが、
惨めになろうが、しんどくなろうが。
楽しくなろうが、嬉しくなろうが、
ポケモン楽しすぎて寝れなくなろうが(笑)

All OK、No Problemです。
すべてwelcome。

どう生きようがわたしの人生だし、
他人にジャッジされる言われない。
気にしなくて良いんです。
たとえ記憶の中の親の言葉であっても。
もう気にしなくて良い。

あーーーそう思ったら、
ちょっと気が楽になりましたわ。

この3次元、もっと楽しんでいこう。

ではそろそろ出勤。
雨はめんどくさいねぇ・・

ありがとうございました!

written by マイ(@iamxxxgv)
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