自分だったら絶対落ち込んで何もできず引きこもってしまいそうだけど、クラウドはちゃんと向き合って仕事だってして、戦うことだって向上させてきてる。星痕が出てより落ち込んだだろうけど、ちゃんと考えて仲間を頼って乗り越えてる。そんなところに憧れる。だから好き。
— マイ⚡️キミに決めた!⚡️ (@iamxxxgv) September 7, 2025
残念ながらわたしには身近に頼れる人・仲間がいないので、SNSでのゆるいつながりのフォロワーさんをココロの拠り所にしております。いつもありがとう・・!
— マイ⚡️キミに決めた!⚡️ (@iamxxxgv) September 7, 2025
わたしもクラウドのように前を向き、困難を乗り越え、俺は俺の現実を生きるんだ・・・!
こう思わせてくれてありがとう、クラウド!
多分自分を見ているんだと思う。
似た部分をピックアップしてるんだと思う。
どっぷり感情移入して”なりきった”からだと思う。
ヒーローでありつつ、
憧れでもありつつ、
自分の目標でもある。
それがわたしにとっての”推し”なんだなぁって。
*
推しの定義はあるだろうし、
推し活も人によって様々だろう。
推しがどういう存在か、それも人によってそれぞれ。
世間的な”推し”の基準はあるだろうけど、
正直個人個人が自分で決めていいものだと思うし、
それを大事にしていいと思う。
わたしの場合、”生きていくための勇気”なんです。
生きていくための糧というか・・
生きるための源って感じ。
その存在によって励まされ、
その存在に癒やされ、
その存在から学ぶ。
ともに生きていく。
・・3次元の親や同級生、教師に頼れないからこそ、
わたしは2次元の推しに支えてもらっていたんだ。
:
ポケモンなんてその最たるもの。
親にかまってもらえず、
幼い妹ばかり構っている状態。
わたしはいつだって一人ぼっちでした。
そんなときに出会ったのがポケモン、
ピカチュウでした。
トキワのもりでの出会いは、
まさに雷に打たれたような衝撃でした。
ピカチュウと、ポケモンたちといる時間は、
小学2年生のわたしにとっては
寂しさをふっとばしてくれる
大切な大切な時間でした。
また同級生との人間関係も
うまく構築できなかったわたしは、
より一層さみしくなり、居場所をなくしていました。
親の無関心により自分の存在価値も薄くなってました。
でもポケモンたちは・・
どんな状況でもわたしのそばにいてくれました。
わたしを受け入れてくれた。
大切にしてくれた。笑ってくれた。
癒やしてくれた。
冒険にいくポケモントレーナーになりきって、
別の世界線に逃げていくことで
自分を保っていた。
小学生が一人ぼっちで生き抜くために
必要な生きるチカラを与えてくれていたんです。
:
社会人になってからドハマリした
ファイナルファンタジーVII。
人生始めてのFFナンバリング作品でした。
社会人になったわたしは
自分という存在を否定しっぱなしでした。
”失敗は許さない”、”成功して当然”、
”なんでも完璧にやり遂げる”、
”他人よりも上にいなければならない”、
子供の頃に植え付けられた間違った価値観に
ガッチリ縛られており・・・
この価値観に沿った行動ができない自分を
ずっっっっと否定していたんです・・。
「お母さんに教えられたことをできない自分は
この世界で生きていく資格がない、死ぬべきだ」
こんなふうに常に思ってました。
失敗したら一巻の終わり。やり直しがきかない・・
でも・・・クラウドはどうだろう?
親友が自分を守るために死んでも、
自分を失っても、
くじけずその思いを背負って、
本当の自分を取り戻して、
仲間のチカラを頼って、
星を救う戦いに挑んだ。
そのあとずるずると引きずって引きずって・・
”罪が許されることを試す”ことで、
さらに前に進んでいった。
”自分がひとりじゃない”って気がついてた。
原作をプレイして、ACをみて、
関連作品も可能な限り追いかけて・・
めちゃくちゃ感情移入した。
ほんとにクラウドに”成りきっていた”と思います。
「わたしにもできないかな?」って思ったんです。
失敗してもやり直せないかなって。
失敗したことも許されるんじゃないかって。
完璧じゃなくてもいいんじゃないかなって。
そこから心理学とか学んで、
実際カウンセリングとか受けて、
心療内科にもちゃんと通って・・・
自分を一番許せていないのは
自分だってことに気がついたし、
”失敗してもそこで終わり”という
誤った価値観を捨てることができた。
「失敗しても許される」ってことを
社会人になって”やっと”学べたんです。
:
ポケモンは子供の時の寂しさを埋めてくれて、
FF7は誤った価値観の修正を、
そしてどちらも生きるチカラをくれました。
一緒にいてくれて、
わたしがどんな状況でも受け入れてくれて、
生きる指針をくれる。
目標をくれる。
彼らに癒やされ、あこがれを抱き、
真似て追いつこうとする。
それがマイにとっての”推し”なのです。
*
やっぱ推すには理由があります。
そんな簡単な気持ちで推したりしない。
なにかしら自分を投影している。
好きなキャラクターとかは特にそう。
自由奔放なうさぎとか、ほんと憧れ。
ああいうふうに在りたいもん。
そして、すでにそういうふうに在るのかもしれない。
自分の好きを優先しているからね。
こんな自分を、正直否定している節もあった。
家庭を持つこともせず、パートナーを持つこともせず、
一人気ままに生活していること・・・。
でもそうなるのもやっぱ理由があるんだよね。
環境のせいだったりするんだよね。
なにかきっかけってあるわけで。
わたしは自由がほしかった。
レッテルも貼られず、干渉されず、
自分の好きなように生きたい。
小学生の頃から願っていた生活を
今叶えているわけです。
それを否定する必要は・・ないね。
夢を、目標を叶えたんだから。
別に今後歳を重ねてから
パートナーと過ごしたいと思うことも
いいと思ってる。
そう思ったときに必要な行動を取ればいいしね。
大事なのは今この瞬間だとも思う。
だって明日突然死ぬかもしれないし(笑)
推しの尊さを身にしみて感じる今日このごろ。
夏が終わり、残暑見舞いってところですかね。
推し活できるように健幸でいるぞー!
では今日はこのへんで。
ありがとうございました!
written by マイ(@iamxxxgv)
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