”生きた心地がしない”、”死にたい”って思ったきっかけの出来事を思い出しました

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地道にセルフコンパッションを進めています。
自分を慈しんで、自分を大事にするために。
これがマイには非常に合っていて(笑)
潜在意識の書き換えの前に、
自分を思いやる方がしっくり来たんですよ。


セルフ・コンパッションのやさしい実践ワークブック



昨日(2022/08/09)で実践して13回目だったのですが、
ふと思い出したことがあったんです。
強烈な絶望と、恐怖と、生きた心地がしない感じ



あれが、わたしの、マイの、
初めて”死にたいと思った”トラウマの出来事でした。



親に認められず受け入れられず、居場所がないことを痛感した瞬間


どーもどもも。
若干熱中症疑惑・・・w
マイ(@iamxxxgv)です!




思い出しました。
今でもあの時号泣した感覚は
リアルに思い出せます。



マイが”死にたい”って思ったきっかけ。
それは「親に自分の努力を認められなかったこと」です。



このトラウマが強烈に残っていて、
大人になった今でも、
自分のやってきたことや、積み重ねてきたもの、
努力してきたことが一切受け入れられず、
「はっ、できて当然じゃん」みたいに
”当たり前だ”というふうに捉えられる、
もしくは否定される・貶されると、
死にたくなります
とてもね。



実際、昨日つぶやいた内容がこちらです↓




親からしてみれば・・・


もしかしたらですよ、
親からしたら
ちょっと満点取れなかったことを叱っただけで
なんであんなに号泣するのよ、意味分からない!
」って
思ったかもしれないですね。



どうしてあのアクセサリーは、
ちょっと叱っただけであんなに癇癪を起こすのか。



やっぱり問題がある子どもなのだろうか・・
それが周りにバレるのはまずい!!
なんとかなだめなければ!

(この後気持ち悪いくらいに優しい感じで
「ごめんね」って謝罪してきます。)


・・・・・・・



みたいに思っただろうね。
こっちがどれだけ必死になって
お前の機嫌を取って、
生活を維持しようとしていたのかも知らないでね。




子ども(マイ)からしてみれば・・・



テストで満点取らないとお母さんに捨てられる。
妹のことも気にかけないと、お母さんに捨てられる。
いい子でいないとお母さんに捨てられる。
機嫌を良くしていないとお母さんに捨てられる。



お母さんが不機嫌になったら、
ひっぱたかれるし、怒鳴られるし、
家から追い出される。
生きていけない・・・・



だから・・・やらなきゃ。
生きるためにも。



・・・・・



こういう前提があるんです。
こういう前提を子どもに植え付けるような態度で
親は接してきたんです。




ご機嫌をとるために、
テストの日程も教えてたし、
結果も教えていた。
そうやって親の機嫌取ってたんです。



それが・・・
ちょっとしたミスだ、
なんならADHDの症状かもしれない。
98点、ほぼ満点だ。十分やっただろう。



だけど、親は・・・
「なんで満点取れないんだクズ!!!!」
怒鳴って発狂したんです。
(ちょっと言葉は違うけど言ってた内容はこういうこと)



・・・・・・
必死にやってきた努力を、
全部否定されたときの子どもの絶望感、
想像できますか?




もう居場所がない、生きていけない、だったらもう”死にたい”


多分・・
小学校高学年のときの漢字のテストだ。
必死にやったけど98点で、
悔しかったの覚えてる。
で、間違ったのもケアレスミスだったんだ。



それをめちゃくちゃ怒られて、
怒鳴られて、叱られて。



98点を取ったという努力は
一切認められなかった。
そこまでの積み上げは全否定だ。



親は「100点を取ってくるマイ」しか必要ないんだ。








ああ、死にたいな・・・








正直もうこの頃からはだいぶ反抗期で。
親との喧嘩の頻度も上がってた。
どうせわたしなんていらないんでしょ!!」って
喧嘩になるたび言ってた気がする。



完璧でいることにも疲れたし、
それを求められるのも嫌だった。
ちょっとミスすれば大喧嘩になって
ますます親が嫌いになって。



あの場所から逃げたかった。
死なないまでも・・・
とにかくあの場所あの関係性から逃げたかったです。



でも子どもに逃げるチカラはなくてね。
それで行き着いたのが「死にたい」でした。
なんかの拍子で車に轢かれたりとかして
死ねないかなって、思ってました。




これがね、この出来事が、
マイの中にある完璧主義を司ってて
自分を守るための大きな壁であって、
”死にたい”と思わせるスイッチでもある。




あのときの痛みを感じて、受け入れて、壁とスイッチの機能を停止させていく


セルフコンパッションは
自分の痛みや苦しみを
受け入れて抱きしめていくってのが
主な目的です。




苦しさや怒りを”消す”のではなく、
”感じて”、”受け入れていく”なわけ



一回悲しみとか絶望をカラダで感じる工程があるから、
結構耐えるだけでも大変なんだけど、
13回やってきてだいぶ抱きしめられるようになりました。
あのときの絶望と痛みと怒りを。



セルフコンパッションは
今度ずっとルーティンとして続けて、
幼いわたしを守っている
「完璧主義」の壁と、「死にたい」スイッチの
機能を停止させていきます

これが当面の目標ですね。



うんうん、癒やすべきトラウマが見つかったので、
いい気づきだったなぁと思います。
感じるたびにしんどいけどねw



まとめ:自然体なじぶんでいられるように・・


なんかもうね、
自分を許したい!
許したいというか、
苦しまず自然体でいられるようにしたい。



本当はのんびりしたいし、
ずっと寝ていたいし、
頑張りたくないし。



完璧主義な部分をちょっとずつ緩和して、
本来ののんびりやさんな部分を出して
生きていきたい、自然に死ぬその時までに。




あと無理に日向に出ない、ポジティブにならない。
元々ネガティブだし、陰にいるほうが安心する。
日向に出ると太陽に灼かれて死んじゃうから(笑)
曇って陰が出てるくらいがちょうどいいね。



自然のままでありたいです。
そのためにセルフコンパッション続けていこう。
頑張ったね自分、よしよし。



では、本日のところはここまでで。
ありがとうございました!



written by マイ(@iamxxxgv

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