安心安全な場所で子どもとして大事にされたかったという3歳の頃からの願い【気づき】

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ふと休憩中にぼんやりしていた時に
ずっと自分の中に押し込めていた感情を
思い出しました。



「安全な場所で」
「自分をそのまま受け入れてくれる場所で」
「何も心配せず」
「子どものように生活したかった」
「甘えたかった」



この思いが、感情が、
3歳の頃からあることに気がついたの。







これはあくまで予想。憶測。
事実はわからないけれど、
これまで読んできた本の情報とか
それらを統合するとできる予想。
前回もちらっとブログに書いたけど
それも含めて再考察。



わたしは生まれたときから
心理的に安全な場所なんてなかったんでしょう。




跡取りの息子を望んだはずなのに
女児が生まれて。
期待ハズレもいいところだったはず。
父親にしても母親にしても
「この子の世話が落ち着いたら二人目を」くらいに
考えていたんでしょうね。




そして両親、特に母親は、
汚いものが苦手だったんでしょう。
汚物にまみれたわたしをみて「汚い」って思っただろうし、
嫌いな養母に娘を頬ずりされて嫌だっただろう。
(祖母に頬ずりされるお前をみるのが汚くて嫌だったって実際話聞いてます。)



極めつけけは・・・
3歳になった時に妹が生まれたこと。

2人目も女の子だったけれど・・
まあかわいかったんでしょう、諦めがついたのでしょう。



とにかく生まれた妹の世話で母親は忙しくなった。
父親は基本家にいない人なので、
子どもの面倒はすべて母親が見ていた。
どうしたって手のかかる妹に時間を割くだろう。



でも・・・当時3歳のマイもまだ子どもだ。
甘えたい時期だ、親に頼りたい時期だ。



そこで甘えようと母親に声をかけたら・・



「うるさい!!!あっちに行ってなさい!!!」
「お母さんは妹の世話で忙しいの!!!!」
「あんたはもうお姉ちゃんなんだから一人で過ごしなさい!!!!」





まぁこんな感じで叱られて怒鳴られたんでしょう。
きっと何度となく。




で、ある時自分の中で絶望を覚えて、
一人で過ごすようになった。

部屋のすみっコでノートにひたすらひらがなを書いたり、
絵を描いたり、絵本を読んだり・・・
何でも一人でやってました。
ものすごく甘えたかったのに。
必死に抑えて生きていました。



一人で過ごすことができるいい子でいれば、
お母さんに捨てられなくて済む。




そう思って必死に我慢して、
一人で過ごしていたんです。






甘えたかったよね。
子どもなのに子どもらしくできないってただの拷問だよね。
3歳の時点で大人であることを望まれるってきついよね。
常に”捨てられる”、”自分の命の危険がある”状況で
必死に自分の甘えの欲望を抑えて生きてたの・・

きつかったよね・・しんどいよね・・辛かったよね。



極めつけは一人で過ごすわたしのことを
「あの子は甘えてくれない」とか、
「なんでも一人でやってしまう」、
「自分の思ったことを言わない厄介な子」と
母親が自分に対して直接的に行ったことだ。



親に認められたくて頑張ってたのに・・
そんなふうに見られてしまっていた・・
悲しかったなぁ・・



この時に「親は味方ではない」、
「安全で平和な場所はない」って
思い込んじゃったもん。




は~・・・しんどい。
しんどかったね、わたし・・。








その後、寝れば幼少期の夢を見て、
不快感と異常な疲れを感じるのが
2-3日続いてます(笑)
現在進行系ですわw



とにかく幼少期から色々我慢してたんです。
いろいろ苦労したし、
本当の自分を隠していた。



頑張ったね・・。偉いよ。



此処から先、我慢した分をどう取り戻すか。
わたしが向き合って癒やしていかないと。



まずはこの気持ちと感情をしっかり感じきります。
その上でどう昇華するかまた検討しますね。



もしかしたら世の中の長女・長男は
この気持を持ってるかもしれないね・・

頑張ってるね我々。
正直「長女長男ってデバフじゃね?」と
思ったりもするけれど・・・
そこに負けたくないな、という反抗心もある。
だって楽しい生き方はあるわけだから。



できることは、ある。うん。



さて、どうしようかな~・・



では今日はこの辺で!
ありがとうございました!



written by マイ(@iamxxxgv
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