これからいろんな技術が発達して、
もっとラクに生きれるようになるかもしれない。
ロボットが市民の生活を助けたり、
AIが仕事のサポートをしてくれたり。
いずれワープ技術とかもできるのかもだけど、
「人の手から人の手」みたいなところは
変わらないのだろうなぁと思うのです。
◇
*
◇
例えば郵便とか、配達とか、
物を買って受け取るときとか。
結局人の手から人の手へ渡すという流れは
ずっと変わらないものなのではないかと思ってます。
確かにロボットが代行する可能性もあるでしょう。
レジ係をロボットがしたり、
配達自体をロボットがやったりするでしょう。
でも全部が全部ってわけではないだろうよ。
どこかしらで「人間の人の手」が加わってると思うの。
それこそ手紙って誰かに宛てるのであれば、
必ず人が書いているだろうし、
切手貼ったりするだろうし。
コンビニのお弁当だって
人が作るわけじゃん。
盛り付けとかしたりさ、
出荷したりさ、並べたりさ。
(この辺はロボットが取って代わるかもだけど)
化粧品とか洗剤とかだって・・・
成分を研究してより良いものを作るのって
やっぱりその道の専門の”人”じゃない。
人が物を作って、人に渡っていく。
どこまでも生身の人間から
生身の人間へつながっていくのは
変わりない。きっとそうだと思うのです。
◇
なんでこんなことを急に思ったかっていうとね、
この本を読んだのがきっかけだったの。
『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説 (ちくま文庫)』
ちょっと興味が湧いたので読んだんですけど、
なかなか自分の中ではうまく飲み込めなくて(笑)
だって自分は「脳の錯覚で生きてる」って言うんだもの。
ちょっと寂しい感じがするじゃない、
真実がそうだったとしてもね・・。
わたしの中での「ココロ」と「脳」の捉え方とは
違うかな~と感じた本ではあります。
この本にもあったと思うし、
その後よく見かけたんですけど、
「人間がワープする場合どうすればできるか」、
みたいなのを見つけたのね。
やり方としては、
人間を原子レベルで分解して送信先に送り、
送られた先で原子レベルから再構築するってもの。
確かにこれならできそうだけど・・
道徳的にどうなの?ってのはあるよね。
生きているとは言え、
一度バラバラになるわけじゃない。
そして再構築されて・・・
それは本当に”その人”なのか?という疑問もでる。
一度”その人”は死んで、”別の人”になっているのでは?、と。
いずれね、人間の脳の解明が進んで、
「原子レベルで分解してもなんら道徳的に問題なし」という
反証が出てくるかもしれない。
人間ってこうだ、魂は、死とは、ココロとは、意志とは。
それぞれの専門の人が分析して出てくるんじゃないかと思う。
だけど、少なくともわたしが生きている間は
人間のワープも、物質のワープも出てこないだろう。
アマゾンで注文したものは、
倉庫の人が梱包し、
配送業者の方へ渡って、
ドライバーさんからわたしが受け取る。
だからやっぱり「人の手から人の手へ」ってなるだろうな。
こういう経緯があって考えてました。
考察のきっかけはどこにでもあるね。
結局”人”なんだよね。
生きている人間、わたしたち。
もっと大事にしていいと思う。
なんだろうなぁ・・
技術の発展や自然を守るのも大事だけど、
人間の尊厳・自由・健康かつ幸せで生きることが
もっと重点的に大切になればいいな・・・。
そんなことを思う35歳の5月です。
ああ考察楽しかった✩
では今日はここまでです!
ありがとうございました!
written by マイ(@iamxxxgv)
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